

茶室だより
大名茶人松平不昧公好の菅田庵見学と向月亭茶会 2026年10月11日(月) 有澤山荘[島根県松江市]
京都支部では、武家茶についての見識を深めるため、有志10人で当流と同じく武家茶道に位置付けられる不昧流に所縁のある有澤山荘(島根県松江市)を訪問しました。
松江市は茶の生産は盛んではないものの、消費量は全国有数であり、京都・金沢と並ぶ茶処として知られていますが、そのきっかけとなったのが、松江藩第七代藩主の松平不昧公とされています。不昧公は若い頃に茶道頭の正井道有から遠州流の茶を学んだほか、石州流や三斎流なども学んだ上で、独自の茶の湯を確立しました。また、定家様を好むなど、美意識において遠州公に私淑していたとされています。
そこで、当流との共通点や相違点を通して改めて当流の茶道を学ぶべく、このたび関西を出て支部研修を実施しました。
今回は、松平家が松江に入国して以来、代々藩の家老職を務めた有澤家のご当主であり、不昧公の茶の湯を継承する不昧会会長の有澤一男様にご協力いただき、菅田庵を含む有澤山荘を案内していただくとともに、向月亭で茶会を実施しました。
有澤山荘の建物は鷹狩りなどで出かけた不昧公が汗を流してお召し物を整え、家老である主人が出迎える御風呂屋に始まり、一畳台目中板の小間で重要文化財の菅田庵、その後母屋で四畳半台目の向月亭へと続いていきます。
それぞれの建物について有澤様から解説いただき、不昧公の美意識を感じながら見学しました。
菅田庵:定石に頓着しない不昧公好の菅田庵の構造や不昧公時代の逸話など、丁寧に解説していただいた
続いて、母屋にある不昧公の弟である松平雪川公好の茶室「向月亭」を借りて濃茶席と薄茶席を設けました。
床の間には実際に月を眺めることが出来た向月亭らしく十四代宗忠公の「三省」の軸を掛けるとともに、ご厚意により有澤山荘と明々庵のそれぞれの庭から頂戴した花を活け、秋の風情を感じられる席となりました。
向月亭:右側の東面から月を見ることができたのがその名の由来とされ、南向きの縁側からは石州流を取り入れた庭園を臨み、その向こうには大橋川を通行する船の帆が見えたとされる
また、松江周辺の地域では十月の和風月名が神在月であることから、薄茶席では神の一字を掛けたほか、床脇には盆石で日本神話に登場する稲佐の浜を打つなど、神にまつわる趣向も取り入れ、松江のお茶・お菓子を楽しみました。
薄茶席(くつろぎの間):松江城大手前にあった有澤家本邸から明治維新後に移築された一室で、逆勝手にて薄茶席を設けた
森宗妙先生による盆石「稲佐の浜の夕照」:稲佐の浜は古代神話における国譲りの舞台とされるほか、神在月の10日夕刻には、出雲大社にて神議りを行うために全国各地から集まった八百万の神々がこの浜で迎えられる神迎神事が斎行される
松江にはここでは紹介しきれないほど日本の古き良き文化を感じられる場所が多く残っており、支部会員は前後の日程で各々が興味を持った場所に足を運び、松江を堪能した連休となりました。
明々庵のある丘からみた松江城:有澤家五代目の宗意公の庵号でもある明々庵の茶室は、有澤家本邸に建てられたが、明治維新後は転々とし、現在は松江城そばの丘に鎮座する
京都支部 秋月宗眞


