茶室だより

大池寺拝観と遠州旅日記ゆかりの地巡り 2026年5月24日(日) 大津市〜甲賀市水口町[滋賀県]

今回はお点前から少し離れて滋賀県に足を運び、流祖遠州公の足跡と事績を辿る勉強会を実施しました。
テーマは「遠州旅日記」と「遠州公所縁とされる大池寺のサツキの大刈込庭園」です。支部会員7人が参加し、事前に先々代宗通公の著書「小堀遠州東海道紀行」(1985年 村松書館)を読んで流祖の文学に触れるとともに、当時の様子に想いを馳せながら旅立ちました。

五月晴れの行楽日和となった5月24日、東海道の西の起点である京都・三条大橋を出発し、(徒歩ではなく電車で)最初の目的地となる「逢坂の関」に向かいました。
逢坂の関は古くからの交通の要衝であるとともに、都を離れる情景を象徴する歌枕として多くの和歌に詠まれてきた場所でもあります。茶の湯の世界においても、遠州公が中興名物の茶入れに「逢坂」の歌銘をつけたことで知られています。近くにある百人一首で有名な蝉丸を祀る関蝉丸神社上社にも参拝しました。

あふ坂の関の残りを鈴鹿山 今日ふりはへて袖ぞしぐるる(寛永十九年十月紀行)

「逢坂の関 石碑と常夜燈」 いまも国道1号線の往来を見届けていました

次に(電車で)逢坂山を下り、打出浜へ足を延ばしました。湖岸は明治期以降の埋め立てにより往時の浜は見当たらず、幹線道路と大型の施設が立ち並ぶ市街地となっていますが、湖岸沿いにひっそりと佇む常夜燈が当時の面影を感じさせてくれました。

唐崎の松と聞くより帰り来て むかしながらの山を見るかな(元和七年九月紀行)
花ざかりうち出の里に立ちかえり 今日あふ坂の紅葉をぞ見る(同上)

つづいて(電車で)水口へ移動し、大池寺を拝観しました。大池寺には遠州公作と伝わるサツキの大刈込庭園があり、大胆な構図で表現された見事な枯山水を鑑賞しました。

「サツキの大刈込(大池寺)」 花が見ごろを迎えていました

その後、東海道沿いに水口宿を散策し、途中では持参した茶箱で呈茶を行いました。

「遠州好 茶箱」 茶席の全てが詰まった茶箱の機能性を改めて実感しました

各々が持参したお菓子に加え、近くのお菓子屋さんで求めた生菓子もいただき、疲れも吹き飛ぶ一席となりました。

懐紙に乗り切らないほどの御菓子が用意されました

最後に旧水口城下町を進み、水口城にたどり着きました。
水口城は三代将軍徳川家光が寛永十一年に上洛する際の宿館として築城され、遠州公が作事奉行を務め、二条城を小型にした本丸と二の丸で構成された城郭であったとされています。豊富な湧水を引いて青く澄んだ水をたたえた堀の様子から碧水城とも呼ばれていましたが、堀と石垣の一部が現存しているのみであり、復元された櫓とともにわずかに当時の面影を残しています。

水口を苗代に見し近江路を かへれば霜のおくて田となる(元和七年九月紀行)

「水口城跡」 堀から大手門をのぞむ

これからも総合芸術家の遠州公に倣い、様々な見識を広めながら茶の道を進んでいきます。

京都支部 秋月宗眞